マルハ大洋スポーツ

(原則日刊)2016年3月15日 第3種郵便物認可

サラリーマン時代における「土日」の過ごし方

またタイトルに惹かれてご覧になる方もおられるでしょうが、

毎度おなじみ大した内容ではありません。

なんたって一日平均50アクセス程度の不人気ブログでございます。

人様のお役にたてることなど書けません。悪しからず。


さて表題の件ですが、

特に30代初めに、体をぶっ壊して以降の話になります。


(土曜日)

14:00くらいまで完全爆睡中


起きたら最寄り駅付近まで歩いて行って、

「立ち食いソバ屋」で朝昼兼用のメシを喰らう。

基本的に私は食い物の好き嫌いが激しいので

(何度も言っているような気がするがまあいいや。)

ソバやうどん、ラーメン系以外で何か食べたいというのがありません。


メシを食ったら、一週間分のワイシャツを洗濯屋へ出して、

日用品その他の買い出しに出かける。


あとはボケーっとして酒を飲んでいることが多かった。

とにかく平日の仕事で、アタマの方が相当疲労していた感覚。


以上


(日曜日)


12:00くらいまで完全爆睡中


起きたら速攻でTVゲームをやる。日曜は近場ですら一切外出しない。

翌日の月曜は、朝から失敗が許されない神経を使う仕事が

待ち構えてるので、集中力を阻害するようなアクティブな活動その他は、

日曜だからと言って行うわけにはいかない。そういう気分にもならぬ。

まあ、慣れればバカでも出来る仕事なんだけど、しくじると大変なことに

なるというプレッシャーやストレスは尋常なものではない。


で、TVゲームは「PS3」と「XBOX360」をハードで持っていました。

よく遊んだのは、「プロ野球スピリッツ」シリーズと

「FORZAモータースポーツ3」くらい。

平日はゲームをやっている暇がなかったので、日曜に集中してやるという流れ。

一日があっという間に過ぎて行き、ササエさん症候群へ陥るという

毎度おなじみのパッターン。


以上 他に語るべき事項は無し

平日の仕事に疲れまくったので、土日は体力と精神面での回復に

専念する形です。


まあ、こんな土日を過ごしていたので、

資金はそれなりに貯まるわけでして。それが今の暮らしにつながっています。

さすがに20代の前半くらい、特に銀行員時代には休みが来れば、

人並みにエンジョイしていましたが。


よく「何が楽しくて生きているの?」と職場の同僚に言われましたが、

楽しくはないです。かといって、つまらなくもない。

私にとって重要なのは、楽しく生きることではなくて、

「出来る限りストレスフリーな環境で」生きることです。

現状、その目的は完全ではないにしても達成されつつあるので、

それなりに悪くはない人生を送っているかなと思っています。









大洋マルハ語録(その1)

というわけで、年がら年中、胃腸どん詰まり人生を送っておりますので、

話題性は乏しいです。

しかしブログの更新はしたいので、今回の話題は表題のとおり。

なんかよく分からない内容ですが、ホエールズ・ベイスターズを通じて

このチーム独自の語彙を並べていきたいと思います。

一部、自分で勝手に創ったのもありますが。

(その1)となっていますが、第2弾があるのかどうか不明です。


●「横浜大洋銀行」

これは有名ですねえ。

読売ジャイアンツをはじめ、セリーグ各球団に全く歯がたたず、

相手に白星と貯金を献上してしまう弱小球団に対する蔑称。


●「ガガミハム」

かつて横浜スタジアム3塁側フェンスに書かれていた広告。

たぶん地元神奈川県のハム会社なのでしょうが、今も存続するのか不明。


●「パロマこんがり亭」

こちらも、かつて横浜スタジアムのバックネット付近にあった広告。

先発投手が悉く相手打線に滅多打ちされて炎上するたび、

恨めしく眺めたものである。

スタジアムの一般的通称は「浜スタ」だが、私は「こんがり亭スタジアム」

と呼んでいる。


●「マッチ売りのユタカ」

1993年を最後に、ベイスターズを解雇された高木豊選手。

シーズンオフを迎え、クリスマスになっても他球団からオファーの無い

実情を不憫に思ったベイスターズファン約10,000人が

「ユタカ要りませんか!」と叫びながら日本ハム球団事務所を訪れて

強引に選手契約を結び付けてしまったという、本当のようなウソの話。


●「ここイチ行きます!」

応援団から「右打者汎用テーマ」を始める時にかかる言葉。

由来は最初の歌詞が「ここで一発~」であることによる。

決して、廃棄カツ事件で有名な某カレーショップへ足を運ぶことではない。

ついでに宮﨑選手の応援歌も、そろそろ「右打者汎用テーマ」を卒業して

専用のものが欲しいところ。

個人的には、大西宏明の曲がいいと思う。


●「横浜星麗会」

今でこそ応援団の中で、女性のトランぺッターも珍しくないが、

1993~1996年ころまでベイスターズの私設応援団の一つとして、

「横浜星麗会」という女性だけのグループが存在した。

全員がピンク色の法被を着て、曲に合わせて踊っていた。

5-6人いたと思うが、容貌は全員がヤンキーである。

この時代は野郎の応援団メンバーも大半がヤンキー系だったので、

珍しくもなんともなかった。

この頃の外野席はなんとなく「危ない」空気が

漂っていたのだが、今は昔の話になり寂しいものである。


●「とっつぁん」

高木嘉一外野手の愛称。全盛期は4番を打つほどの好打者である。

淵野辺高校ー相模原市役所からプロ入りという異例の経歴の持ち主。


●「おとさん」

乙坂のことではない。

かつてホエールズに在籍した、五月女(さおとめ)豊投手の愛称。

四角い顔をしてメガネをかけた風貌が印象的。中継ぎでよく頑張った。

私がホエールズファンになった1984年限りで引退。

五月女を覚えている方はもうほとんどいないであろう。


●「HOYAラックス」

1978年-79年に横浜大洋の監督だった別当薫氏が愛用していたメガネ



さすがの私も、この時代の事は知りませんが、79年は2位。

監督としてはかなり有能だったのでは?

いかにも「監督」な感じの風格もあるし。


●「サンダース」

どこかの国の大統領予備選に出ていたジイサンのことではない。

2001年途中から在籍した助っ人外国人選手。

応援歌が現:エリアンの「タッタタラリラ」だったことを

覚えている御仁は少ないであろう。


●「140kmのボールが怖い」

1987年シーズン途中で加入した、レスカーノ選手が

たったの2週間で帰国するあたり宣った言葉。


●「ベイスターズのような強いチームに来られて嬉しい」

ホセ・ロペス選手が2015年に入団会見したときに語った言葉。

どこが強いチームなの?


●「菊池恭一」

きくち・きょーいち 外野手 1981年ドラ2で入団

社会人の「東芝」では都市対抗の常連&ベストナインに2度選ばれるという

輝かしい実績を持つ。

同じ系列の「東芝府中」に在籍していた落合博満が

ロッテで大成功をおさめたのを見て、「オレでもプロで活躍できる」と

踏んで大洋入りを決めたらしいが・・・。

実働3年 打率.156 本塁打0 


●「空飛ぶ(ちくわ)スタジアム」

横浜スタジアムでは、酒のツマミとして「ちくわ」が売られている。

(最近はどうだか知りません。無人運転バス会社のDeNAが親会社ですから)

一度だけ、負けた腹いせに「ちくわ」を投げている奴を見たが、

なかなかシュールな光景であった。さすがマルハである。


こんなところですかね。覚えている限りでは。

続きは気が向いたら行います。


それから、ここ数日はPCの調子が悪く、当方のクソブログへ

Nice評価を下さる「あたたか過ぎる」皆様のブログを全て訪問できず申し訳ない。

フリーズの頻度が多くてね。今は改善されました。

あとはコメント欄を閉鎖してみたりといろいろやったが、

処理速度云々には、あまり意味がなかったですね。







腸閉塞(4)

当テーマの記事はこれが最後となります。


退院後は、定期的に(1か月に1回ー3か月に1回)外科の外来へ
通院しました。(最近は面倒なので薬をもらいに半年に1回)
投薬については、当初は「流動パラフィン」。
腸の滑りを良くするための油状のくすり。これを毎朝20cc位を服用。
ろうそくの原料のような液体なので、とても飲めたものではありません。
お茶なんかと一緒にむりやり流し込みました。
2か月くらい服用しましたかね。
「流動パラフィン」は、発がん性の高い物質のようですので、
今後の悪影響を懸念しています。


そのあとに処方された薬は、「マグミット錠330mg」です。
便秘を改善する薬で、下剤としてよく処方されているものかと思います。
基本の用量は、1日3回1錠ずつですが、3回も飲むと便が緩くなり過ぎるので、
1日に1回しか飲んでいません。
あとは胃もたれを起こしやすいので、市販の胃薬「キャベジン」は
毎日飲んでいます。


食事で気を付けていることは、消化に悪いものを食べないことですね。
「しいたけ」類とかは一切、口にしません。元々嫌いなのもありますが。
あとは「こんにゃく」とかも食べません。
「おとうふ」はゆどうふにして毎日食べています。
豆腐はあまり好きではないですが、消化によいのでよく食べます。
食べ方は、かつおぶしをかけて醤油をかけるというシンプルなものです。
お酒はあんまり飲んではいけないらしいけど、毎日欠かさず飲みます。


術後の体調については、やはり、腹部の違和感は消えませんでした。
どうも完全には治らないようです。その辺は普通の人の胃腸とは違います。
スーツのズボンを穿いて、ベルトで締めた状態で過ごしていると、
だんだん腹の当たりが痛くなって、飲食物を受け付けなくなります。
これが最大の悩みどころでしたね。
私はスーツのサイズが「A7」なのですが、ズボンだけウェストを10cmも
拡げてもらって、ユルユル状態の不格好な形で穿いていました。
ベルトも緩めに締めるので、動くたびにワイシャツがはみ出たりして
どうしようもありませんでした。周囲には「だらしない」奴だと
思われていたことでしょう。


仕事に関しては、復帰後はそれほど負荷のかからない業務に
従事していくようになったと思います。
引き続き、出版社での販売系の部署でしたが、大きなプロジェクトとして
携わったのは、商品の在庫管理を委託している倉庫会社の変更。
くらいかな。1年半ほどかけていろいろ主体的に取り組んだと思いますが、
重要な仕事はこのくらい。
それほどレベルの高い仕事はしていないように記憶しています。
ただ私自身は、体力もガクッと落ちたし、仕事でまた無理をして
病気再発となるのが怖かったし、仕事に対する意欲というものが、
「バーッ」と飛んでしまっていました。もうどうでもいいみたいな感じ。
30代なら30代成りのハイレベルな仕事には取り組んでこなかった
負い目はありますけど。まあこればかりは職場の状況にも左右されますから
仕方がありません。


こんなところですかね。あまり具体的なお話にはなっていませんが。
日頃気を付けている点は、
・消化にわるいものは食べない。・疲れることはやらない。だけです。
特に食べてはならないと思うものは
こんにゃく、シイタケ類、昆布、悪い油で揚げた揚げ物系
くらいですかね。あとは知りません。
基本的に「腸閉塞」は、開腹手術をした回数に比例して
再発しやすい病気ですので、いくら気を付けてもなるときはなります。
私に関して言えば、次回再発した場合はもう開腹手術は出来ないと
言われてますので、そのまま「ご臨終」コース。
なので残りの余生は、大嫌いな事は一切やらない!
がテーマとなります。
具体的には、仕事はやらない、他人とはリアルで会わないなどです。
精神的に実に快適でございます。
クソ馬鹿人間と遭遇しないで済む生活ほど快適なものはありませんね。


仕事を本格的に辞めてから5年になりますが、体調が良くなってきたのは、
ここ最近1年くらいです。


一連の記事が同じ持病を抱えた方で、少しでも参考に・・・なりませんね。


ということで


Fin


終了。








腸閉塞(3)

(以前取り上げましたテーマの続きです。)


緊急入院から一晩が明けた午前の早い時間に、「外科」の担当医が
3名現れて回診です。
この辺のいきさつは良く覚えていませんが、日常生活に関する「問診」は
あったように思います。
睡眠時間、食事の回数と時間、飲酒、喫煙などを聞かれたような
気がします。特に喫煙は何歳から吸っている?と言われ、なおかつ、
正直に答えろというものですから、16歳から吸っていますと正直に
答えましたね。医者は苦笑いをしていましたが。
会社勤めを辞めたと同時に、タバコもすぐにやめましたが、
学生時代と社会人時代を通じて、タバコを手放すという発想は
有り得ないものでした。


入院初日と2日目は、特段の処置はしていません。
時折看護師が、痛み止めの注射を撃ちにくるだけです。
あとは断続的に襲ってくる痛みと嘔吐に苦しむ症状に変化は無し。


3日目にようやく埒が明かないというので、外科医師の判断により
鼻腔から「イレウス管」を装填する処置を行う事に。
これは非常に痛いし苦しい処置方法です。手術よりも嫌ですね。
鼻腔付近に麻酔薬を塗り付けますが、ほとんど効き目はありません。
鼻から管を通していって、大腸だか小腸の「ねじれ」たあたりか、
潰れているところまで到達させていきます。
相当に長い管のはずですが、私は実物を見たことがありません。
恐ろしいものなので、目に触れないようにしていました。
それで、ある部分まで到達した段階で、医師がカメラ映像を見ながら
「はい、ここでバルーン!」とか意味のわからんことを言っていました。
私の持病でありながら、未だにその辺のことを理解していません。


結局、「イレウス管」による処置ではどうしようもなく、
開腹せざるを得ないとの判断から、入院4日目に手術を行うことに
なりました。
イレウス管処置後に「集中治療室」のような病室へ入れられ、
翌日の午後7時ころに手術。
(時間の記憶は曖昧。ただし術後は夜遅い時間だったことだけは覚えている。)


手術室へ運ばれて、いきなりプロレスラーみたいな体格の「麻酔科医」に
「メシはいつから食ってねえんだ?」と聞かれたことは覚えていますが、
何の意図があっての質問なのかよく分かりませんね。
今回も全身麻酔による手術。ですので目が覚めたら終わっていました。
手術に要した時間は、腸管の癒着した部分を丁寧にはがし取る作業に
手間取った関係で、5時間近くかかったようです。(看護師談。本当かは知らぬ。)


手術の傷跡は、前回の高校生時代に受けた時よりも、
小さくなっていました。
術後の痛みも以前ほどではありません。時折は痛み止めの注射を要しましたが、
七転八倒するような激しい痛みには、1-2度襲われただけでしたので、
その点は助かりました。
ただし鼻腔から装填した「イレウス管」が残ったままでしたので、
邪魔で苦しかったですね。術後の経過が「一進一退」であったために
なかなか取り払われません。
毎日の外科の回診時に、「今の状況と今後の改善の見通し」を聞くのですが、
医者は「辛抱してください」としか言いませんからね。
回答になってないことを言われても仕方がないのですが。
「イレウス管」を装填したまま、一生入院生活か?というのも頭をよぎりましたが、
退院する12日前に取り外されることになって、この時ほどホッとしたことは
ありません。


入院期間は、およそ7週間くらいでした。
実際に食事をとれるようになったのは、退院の10日ほど前です。
それまでは、水などの飲料も含めて、胃に飲食物を入れるのは一切禁止。
点滴で栄養補給しているので空腹感はありませんが、
多少は喉の渇きに悩まされました。なのでスポーツドリンク系は、
医者や看護師の目を隠れて、時折口にしていました。
時折ではないな。かなりガブガブと飲んでしまった。
食べ物が食べられない辛さは、私に関してはほとんどありませんでした。
何しろ食べ物の好き嫌いが非常に多いので、食べることに関心がありません。
インスタントラーメンが食いたくて仕方がなかったですが、その程度です。
あと入院期間中はほとんど毎日、腹部のレントゲン撮影をしました。
日によっては複数回。かなりの放射線量を浴びていると思いますので、
いずれ100%「大腸がん」になる覚悟はしています。
それから外科病棟に入院している人々で、30代程度の若年層は
私一人だけ。あとは全て60代以上の高齢者でした。
若くして消化器系の大きな疾患をやらかす奴なんか皆無に等しいだろうし、
実際やらかすと人生「詰み」ますな。はい。


さて実際に食事がとれるようになってからの「病院食」も、
これがまた悲惨な内容。とてもじゃないが食えたものではない。
初日にでた流動食は全部残し。
あとは、重湯とか3分がゆ系統のものは、「ふりかけ」をかけて
一気に流し込む。白米は好きですが、おかゆになると味が変わるので
嫌いなんですね。
まあ、他にもいろいろ私の嫌いな食べ物が大量に献立で
出されましたので、ほとんど口にしていません。
医者や看護師は、その状況を把握していたはずですが、
この件で何か言われたことはありません。
胃腸の働きが本調子ではないから食えないという判断だったのでしょう。


退院したのは5月のGW中。
特に感慨深いものはありませんでしたが、
しばらくの自宅療養の後に、また気に入らない職場へ復帰せねば
ならないことを思うと憂鬱になりました。
それと久々に食べた「カップヌードル」の美味かったこと。
これだけは忘れません。


今回も長い文になりましたが、次回に術後の経過、
日常生活で気を付けていることなどを記載して終了です。










7/8 本日の横浜DeNA



巨人 × 横浜DeNA(12回戦)東京ドーム 18:00

先発:(G)大竹(寛) (DB)井納

スコア:G 3-1 DB


(責任投手)

勝:大竹(寛) 2勝1敗

S:澤村 3勝1敗22S

敗:井納 5勝8敗


(本塁打)

村田 9号①(6回 井納)


今日も例の如く、ピッチャーの出来に絞って試合を振り返ります。


①ジャイアンツ先発:大竹(寛)

初回から一死満塁のピンチを招きますが、ロペスを遊併に打ちとって

切り抜けました。

今日の大竹は、真っすぐが走っていましたし、持ち味である

シュートも低めに決まっていました。

ベイスターズも、ランナーを出してチャンスをつくりますが、

要所をうまく抑えられました。

特に2回表、二死2-3塁の場面で、桑原を空振り三振に切ってとった

インローの144kmストレートは見事な球でした。

失投は、3回表にロペスに打たれた右犠飛くらいではなかったかと

思います。初球から外角高めのストレートを投げてしまいましたね。


②ベイスターズ先発:井納

配球のほぼすべてが、真っ直ぐとフォーク。

今日はフォークのキレが良かったと思います。

6回裏に打たれた村田のソロホームランと、7回裏に打たれた大田の

左中3②はいずれも、カウントを取りに行くフォークが甘くなったもの。

失投という失投が、この2球だけだったので、逃さずに仕留めた

村田と大田を褒めるべき。井納は7回途中まで128球の熱投。

よく頑張りました。

ただ、大田の打席の時は、カウント2-2から投げた

インコース低めのストレート。ボールになってしまいましたが、

もう少しストライクゾーンへ投げれると、大田も見逃しだったと思うので、

その点は悔やまれます。


③ベイスターズ3番手:久保裕也投手

先日のスワローズ戦に続いて、2試合目のマウンド。

さすがに全盛期のフォークの落ち、ストレートの球威はありませんが、

まずまず無難な投球。

シュート気味のボールも新たに放っていましたかね。

ジャイアンツ時代に、リリーフエースとして活躍した実績があるのと、

度重なる故障に苦しんだ選手ですから、是非もう一花咲かせるような

活躍を期待したいと思います。頑張ってほしいです。


今日のところは以上です。

ベイスターズは敗戦でしたが、試合内容は悪くありませんでした。


さて土日は、団地の理事会関連の予定があるので試合は見れません。

しばらく横浜DeNA関連の話題は中止になると思います。