マルハ大洋スポーツ

(原則日刊)2016年3月15日 第3種郵便物認可

「ベースボール」(任天堂)

皆様こんにちは。

ということで、基本的に私は野球のお話しか出来ませんので、

懲りずに野球ゲームブログ再開します。


再開にあたっての方針は

①ファミコン、スーパーファミコン、プレステ1の野球ゲームに限る。


② ①の条件かつ、該当のゲーム機が現役で稼働している時期に、

  自分で新品や中古で入手したソフトに限る。

 (人の家で遊んだ、人に借りた、ジャンク入手したソフトは除外)


③以前消してしまったブログで取り上げたゲームを再掲する際は、

 スクショと説明を簡潔にとどめる。


④できるだけゲームソフトの発売日順に並べる


⑤発売当時のプロ野球の話題を、記憶の範囲内で盛り込む。


マルハ大洋ホエールズ南海ホークスに対する愛着に

 満ち満ちた内容とすること。


こんなところでしょうかね。


以前からご覧いただいていた方々には、重複する内容も多く

つまらない形になるとは思いますが、ご了承頂ければ幸いです。

もうじきプロ野球も開幕しますので、合間合間に

野球の試合をテレビで見た(人混みが嫌いなので最近は野球場へ行きません。

ただし、イースタンリーグの試合なら観戦に出かける可能性あり)

戦評なんかも書いていきたいとは思っています。


前回のブログでは他ジャンルのゲームも話題として取り上げて、

ゴチャゴチャ感が出てしまったので、

今回は改めての野球ゲームデータベースとして再構築致します。




タイトル:「ベースボール」

機種:ファミコン

メーカー:任天堂

発売日:1983年12月


このゲームは、私が1985年の12月に、ファミコン本体を買ってもらった際、

同時購入した記念碑的作品とも言えるソフトです。


現物は大事に保管しております。



セリーグ6球団のみ。ユニフォームの色が違うだけで

そのほかに特徴はありません。

赤いユニフォームの「カープ」が強いという

都市伝説めいた噂もありましたが、私の印象ではどのチームも

変わらないように思いました。


この時代のドラゴンズのユニフォームが好きでした。





細かい選手データも無く、守備も自分では動かせないので、

かんたんな内野ゴロも逸らして外野へ転々、なんていう光景も

珍しくありませんでしたが、その辺を差し引いても、当時の水準から

しましたら良く出来た野球ゲームだったと思います。


このゲームが発売されたのは、1983年の末頃ですが、

実際に広く出回り始めたのは1984年になってからだと思います。


1984年のプロ野球については、私は当時、小学3年生だったこともあって、

それほど詳しく見ていたわけではありません。

ですが、プロ野球に対する関心は高かったと思います。

覚えているのは、横浜大洋が最下位になったこと。

トレーシーという外国人選手が、起用法を巡って首脳陣と対立。

途中で帰国しましたね。監督は関根潤三さんです。

関根さん、一見好々爺ですが、ああ見えて頑固で妥協がない。

あとはエースの遠藤一彦投手が、17勝で最多勝とったが、17敗で

最多敗戦にもなるという、妙なシーズンでした。


日本シリーズは、広島と阪急の戦いでしたね。

私の住むところは関東地方なので、前年の1983年に行われた

西武と巨人の日本シリーズほどには、関心が高まらなかったように

思います。少なくとも、巨人と西武、あるいは阪神ファンが多かった

我々世代には、話題として盛り上がりませんでした。


私が、野球好きのクラスメートに

「(広島の)山根や北別府が、(阪急の)ブーマーをどう抑えるかが

カギだよな?」

という話を仕向けても、「知らないよ!そんなことは!」と

言われたことをよく覚えております。

それから当時の日本シリーズは、平日でもデーゲームで行われていたので、

学校から帰ってきたら、速攻でテレビをつけたことも。

試合は7回か8回の終盤になっていて、マウンドにはリリーフエースの

大野(広島)と山沖(阪急)が上がっていたりとかも

鮮明に覚えております。


あとは、84年の日本シリーズ第5戦では、阪急の福原峰夫という

二塁手が逆転の満塁本塁打を打ったような記憶がありますが、

どうでしょう?記憶が正しければそうだと思います。

今年オリックスの監督に就任した、福良淳一氏が入団する前の話です。


なんか「昭和は遠くになりにけり」みたいな話ですけれども、

この時代のプロ野球は、今よりも数倍も楽しかったなという

実感が残っています。








「デジカルリーグ」(PS1)

皆様こんにちは。

今日のテーマは、表題の件です。



タイトル:「デジカルリーグ」

機種:プレイステーション

メーカー:AQUES(スクウェア)

発売日:1997年7月

ジャンル:プロ野球ゲーム

入手した時期:1997年12月ごろ、コンビニで定価¥5,800


1997年のプロ野球データが反映された、野球ゲームです。

メーカーは、AQUESとなっていますが、

当時のスクウェア社(現:スクウェア・エニックス)が他ジャンルの

ゲームを発売していくにあたって設けた部署的な意味合いかと思います。


またゲームソフトの発売も、コンビニ専売の形式を取っており、

中古市場でも見かけ無かった為に(大して売れなかったものと思われる)

已む無く定価で、コンビニで入手した次第です。


当時は、ゲームソフトが一部、コンビニで売られていました。


雑誌コーナーあたりに、このようなシートが

ゲームタイトルごとに用意されており、消費者が任意のシートを

レジへ提示すると店員が奥の方から、ソフトを持ってきてくれます。



ソフト自体は、だいぶ前に処分してしまいましたが、

今回動画を作成するのと、久しぶりに試合を行ってみたかったので、

「HARD OFF」のジャンクコーナーで再入手しました。¥108




1997年のプロ野球について、簡単に振り返ってみますと、

まず、中日の本拠地であるナゴヤドームと、近鉄の本拠地である

大阪ドーム(現:京セラドーム大阪)が開業しました。

それぞれ、96年まではナゴヤ球場と藤井寺球場をホームとしていましたので、

屋外でなおかつ、土のグラウンドの球場が使われなくなることについて、

随分と寂しい気分になったものです。


それから、セリーグでは、前評判の芳しくなかったヤクルトスワローズが、

開幕の巨人戦で、広島を戦力外になって移ってきた小早川の

3本のホームランなどで勝利したことで一気に波に乗って、

ほぼ独走態勢での優勝。ホージーという明るい外国人選手もいました。

また、戦力的な上積みもなく、私自身が全く期待していなかった

横浜ベイスターズも、夏場以降に急に勝ちだして、一時はヤクルトとの

首位争いを演じるまでに。7月下旬ころの、ナゴヤでの中日戦で

3連勝をしたあたりから、チームに勢いが増してきましたね。

当時、スポーツ紙を読んで、(苦手の)ナゴヤで3タテなんか嘘だろ?と

思ったのでよく覚えております。

最終的には2位でしたが、非常に楽しいシーズンとなりました。



モード選択画面

遊べるモードは、オープン戦とペナントのみの

シンプルな仕様。



今回は近鉄 対 ロッテ戦で行います。

懐かしい面々ですが、マリーンズの小坂がルーキーの年です。

トンプソンなんてのもいたなあ。

マーク・キャリオンは、バリバリの大リーガーだったが、

打撃結果は振るわず。



投手データ画面

一応、カーブ、スライダー、フォーク、シュート、シンカー(スクリュ)と

5方向の変化球を投げ分けることができます。



通常画面

いかにも「スクウェア」臭がプンプンする

ツンツンヘアーのキャラクターは、どうも馴染めませんでしたね。



守備画面は当時の次世代機らしく、3Dで動きます。



スコアボード画面

選手名が漢字で表示されるのは良かったです。




まさか、近鉄の水口でホームランを打つとは思いませんでした。




こちら、マリーンズの大村巌(いわお)外野手。

応援歌が「オールドマクドナルドファーム」で

い~わい~わお~~!

と叫ぶスタイル。その時の私はマリンスタジアムで

大ウケをしましたが、当時の熱烈なマリーンズファンだった方なら

間違いなく覚えているはずです。

この頃のマリーンズ応援団は楽し過ぎ。



河本育之という、リリーフ投手もいましたね。



試合終了でございます。

本日の結果は、9-5で千葉ロッテマリーンズの勝ち。


敗戦でガックリうなだれる選手たち。

3人並んでどこへ行く? 



そりゃあ、トンプソンに2本もホームランを打たれれば、

勝てる試合も落としてしまいます。



試合中のBGMなんかは、12球団ごとに

主力選手の応援歌をアレンジした曲が使われていて

なかなか雰囲気は良いです。

ゲームとしましても、結構面白いとは思うのですが、

いかんせんコンピュータが操るチームの打撃力が強すぎて、

コーナーをきっちり投げ分けたり、大きく外側へボールを外しても

バットを合わせてきて、かなりの確率でヒットや長打にしてきます。

こちらもヒットが簡単に打ててしまうので、必然的に「打撃戦」の

様相を呈します。このあたりのバランスの悪さが惜しいところでした。



デジカルリーグ (PS)










「3Dベースボール ザ・メジャー」(PS1)

皆様こんにちは。

今日のテーマは、表題の件です。



タイトル:「3Dベースボール ザ・メジャー」

機種:プレイステーション

メーカー:BMGジャパン

発売日:1996年?月

ジャンル:野球ゲーム(メジャーリーグ)

入手した時期:1997年12月ごろ、近所のレコード店 中古¥900


こちらのソフトは、私がプレステの本体を中古で入手した時に

なんとなく目に付いたので、買ってみたゲームとなります。

思えば、初代プレステで遊んだソフトは、全て野球かレースゲーム

でした。



今回は、ブログ用にエキシビジョン・ゲーム

クリーブランド・インディアンス vs

カンザスシティ・ロイヤルズの対戦で行います。


こちらは、クリーブランドのスターティングメンバー。

1996年のデータです。

千葉ロッテマリーンズにも在籍した、フリオ・フランコ選手も

入っています。

他にも、ケニー・ロフトン、アルバート・ベル、

ジム・トーメ、オマー・ビスケルなど、

インディアンス球団史上最強のメンバーが勢ぞろいです。


この当時のクリーブランドは好きでしたね。

帽子と、ロフトンの背番号入りTシャツを愛用しておりました。



試合開始です。



試合中は、外国人アナウンサーの実況が入り、

雰囲気を盛り上げます。





このように、立体的に展開する守備画面に当時は驚いたものです。

さすがに次世代機は凄いなと実感しました。



ゲームセット

今回は、D.マルティネス(CLE)とケビン・エイピアー(KC)という

超エース級の投げ合いでしたので、ロースコアの展開になりましたが、

先発ローテーションの3番手、4番手あたりの投手が出てくれば、

それ相応に打ち合いの展開になりますので、そのあたりの

ゲームバランスは優れていたと言えそうです。


公式戦モードは、フルシーズン(162試合)とショート(80試合)が

選択出来ます。

私は80試合制で、インディアンスを使用して進めていきましたが、

30試合を消化した段階で飽きてしまい、途中で断念しました。

ただ、ゲーム自体の出来は優れており、立体的な守備画面など

一見するとクセのありそうな印象がありますが、普通の野球ゲームに

慣れていれば直感で遊べるところは良かったと思います。

日本では知名度が低く、流通量も多くなかったでしょうから、

中古でしかも格安で入手できたのはラッキーでした。


ちなみにこの時期の私は、日本の野球以上に、メジャーリーグに

入れ込んでいました。

「月間メジャーリーグ」という雑誌を買って丹念に読み込み、

グッズやベースボールカードを買いに、渋谷のMLBオフィシャルショップや

御徒町の「二木の菓子」系列のスポーツ店へ足繁く通いました。

その影響で、スポーツ記者になりたかったのですが、

一般紙やスポーツ紙、雑誌「Number」の文春などの入社試験を

を受けた挙句に全滅しました。



3Dベースボール ザ・メジャー (PS1)






「グランツーリスモ2」(PS1)

皆様こんにちは。

今日のテーマは、プレイステーションで発売された

自動車レースゲームです。



タイトル:「グランツーリスモ2」

機種:プレイステーション

メーカー:SCEI

発売日:1999年12月

ジャンル:自動車レースゲーム

入手した時期:2000年1月ころ


これは、しばらくゲームから遠ざかっていた私が

再びテレビゲーム漬けにする端緒となったソフトです。






ライセンスをクリアしないと、上位カテゴリーのレースには

参加できない本格仕様です。






収録されている車種が豊富 全40メーカー 500車種だったと思います。

このような絶版車まで入っています。



車にはこのような解説付き これを読むのが面白い



レースの種類が豊富で、飽きることはありませんでした。



レース画面

今見るとショボイ画像ですが、当時は凄い印象を持ちました。



レースの結果に応じて手に入れる賞金で


パーツを購入してパワーアップを図ったり、

より高性能のクルマを買って、上位カテゴリーの

レースに参加できるようにしていきます。

基本はこのくりかえしです。



このゲームによって、自動車レースゲームの新しい楽しみを

見出した次第です。

毎日少しづつのペースで、長く遊んだように思います。

「グランツーリスモ」シリーズは、その後、

プレステ2で「グランツーリスモ3」と「グランツーリスモ4」も

発売され、双方ともに大変に熱中したことは言うまでもありません。


プレステ3の「グランツーリスモ5」「グランツーリスモ6」も

遊びましたが、「6」はまあまあよかったものの、「5」はイマイチ

好きではありませんでした。

個人的には「グランツーリスモ2」のPS3またはPS4のリマスター版が

欲しいところです。オンライン対戦等は要りません。



(PS1)グランツーリスモ2 オープニング


こちらは、テレビゲーム史上、最高傑作と私は思う「グランツーリスモ2」

のオープニングムービーです。

モータースポーツに関心のある方なら、心の琴線に触れる内容と思いますし、

私自身、最初に見た時に鳥肌が立つほどに感動したことを

忘れることができません。







2011年4月15日 東京ヤクルト × 横浜

皆様こんにちは。

本日のテーマは、表題の件です。




なんだか、チケット半券で振り返る、プロ野球観戦記みたいな

様相を呈してきましたが、ネタとしてはこれが最後です。(たぶん)


2011年のプロ野球は、東日本大震災の影響により、

シーズン開幕が2週間ほど順延されて、開幕から数試合は、平日の試合も

全てデーゲームで行われる(節電対策による)ことになったと思います。


そこで私が訪れたのが、上に挙げた1試合。

チケット表記にあるとおり、(金)曜日=平日です。

試合時間も13時30分。日中です。当時の私は、サラリーマンでしたので、

本来ならば狭っくるしいオフィスで、クソみたいにつまらない

仕事をしている最中です。ですが、


午前中で仕事をバックレして、野球場へ行きました。


はい。ちょうどこの時期私は、出版関連企業で広告経理の仕事を

しておりましたが、仕事内容、人間関係ともに全くと言っていいほど、

フィットせず、組織の水に合わなかったんですね。

毎日毎日、不愉快な事が多く、精神的にも参っておりました。

通勤の列車内の騒音にも、気が障るようになって、

耳栓フル装備で列車に乗っていました。

アタマも相当おかしくなっていたと思います。

また、持病の胃腸疾患(腸閉塞ほか→この辺のお話もいずれ当ブログで

取り上げたいと思います。)も不調になることが多く、

もう八方塞がりの状況でした。


そんでもって、たまたまこの日に様々な負の要因が噴出して、


もう、今日はダメだ!我慢ならん。

神宮だ!デーゲームへ行こう!


という気になって、昼休み直前に上司へ、

「腹が痛くて病院へ行きますので早退します!」と

オオウソをついて、ダッシュで逃げました。


はい。もちろん、サラリーマンとして大失格の行為であることは

重々自覚しております。

一方で、他の部署では6-7年ほども普通に勤まった私が、

こういう精神状態になってしまう部署と言うのもどうかとは思いますよ。


結局、我慢ならない状況は改善することもなく、

やや不本意ながら、2011年の8月をもって出版関連会社を

退職するに至りました。


私が所属した、出版関連会社というのは、

親会社の管理事務系の仕事を請け負う会社で、部署も少なければ、

人員も小規模で小さな会社でした。

よって、今後も継続して会社に留まったところで、

私が希望する部署や社内環境で意欲的に働ける環境を見出すことは

著しく困難との判断により、退職を決意した次第です。

当時の私の年齢は35歳。当然、今後の再就職が限りなく不可能に

近い状況であることを認識した上での判断です。

今もこの決断に後悔は全くありません。


あんなクソ会社で、正社員の地位にしがみついて

我慢をし続けるくらいなら、死んだほうがはるかにマシです。



さて、試合の方ですが詳しい事はよく覚えておりません。

天気が良く、暖かな日差しに包まれて、しばしの間の解放感に

浸れたのは良かったと思います。

ビールも飲んだのかなあ?たぶん飲んでいるのでしょう。


ああ、そういえば、金城が代打満塁ホームランを打ちました。

私は本当に、横浜選手の満塁ホームランを野球場で目にすることが多いですね。

高木豊、屋鋪につづいて3人目です。



ベイスターズ超暗黒時代を象徴する、2009-2011年型

ビジターユニフォーム。

ハッキリ言って、カッコ悪すぎて反吐が出ました。



TBSを親会社とする、横浜ベイスターズも2011年が最後の

シーズンです。

前年のオフに、寺原隼人、野中信吾、桑原謙太朗とのトレードで

半ばバファローズに詐欺に遭ったかのように、劣化が著しい

山本省吾をとってきたときは、末期もいいところだなと

失望したのを覚えております。


というわけで、今回は少々妙な話を取り上げましたが、

サラリーマンやっていれば、ご多分に漏れず

嫌な事は山ほどあるわけでして。


新卒で入社した銀行員時代から、私のサラリーマン生活を

振り返る内容のブログを展開するのも悪くはなさそうです。

ある程度、真面目に地道に仕事をしてきた

(一応、この点については多少の自負があります。)

一人の人間が、社会人として大失敗してしまった要因は?

を検証するのも情報として提示するのはどうでしょうか。

今後検討してみますが、その前に以前消してしまった

野球ゲームのデータベースも再度作り直したい気もあるので、

どうするか色々考えながら進めていきます。