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162. ベストプレープロ野球Ⅱ (FC)

「ベストプレープロ野球Ⅱ」
メーカー:アスキー
ジャンル:プロ野球シミュレーション
発売日:1990年3月30日



プロ野球シミュレーションゲームの最高傑作

ソフトの現物は未だに保管してあります。


プロ野球チームの監督となって、試合を采配し、全130試合(試合数は変更可)の
公式戦を戦い抜くシミュレーションゲームとして好評を博した「ベストプレープロ野球」
の続編です。


前作の欠点
・球場が人工芝1種類
・コンピュータ担当チーム同士の試合がSKIP出来ない。
 (個人的にはそのCOM同士の対戦試合をぼんやり眺めるのが好きだったが)
・一旦調子を落とした野手は、ベンチに下げてもなかなか復調出来ない。
・エラーが少ない。
・やや投高打低のゲームバランス
・右打ちの巧打者タイプの選手(当時の例だと、大洋・パチョレック、ロッテ・高沢)
 は例外なく2割5分以下の低打率でシーズンを終える。


この辺が、大分解消されていて、遊び易くもなり、野球としてのバランスも良くなって
います。相変わらず、左打ちの俊足打者が圧倒的に有利なのには閉口しましたが。


一定数のプロ野球ゲームファンから好評だった「ベストプレープロ野球」のアップ
デート版ということもあり、発売前からゲーム雑誌で特集記事が頻繁に組まれて
いました。それを見るにつけ、購買意欲が高まって行きましたね。
この時期、1990年の前半でいうと、超目玉ソフトは「ドラクエ4」だったと思いますが、
RPGが好きではない筆者はそれには目もくれず、ひたすら「ベストプレープロ野球Ⅱ」
の購入資金を賄うために、小遣いを貯めていたように思います。


ただ発売日には目標金額に達せず、実際に入手したのは5月くらいじゃなかったかと。
隣町に新品ゲームソフトを格安で売る店があったので、学校終わってから、電車に
乗って買いに行きました。
事前に、1990年セリーグ開幕データは、6球団分、ノートに書きだしてつくっていた
ので、ソフトを自宅に持ち帰ってすぐにインプットの作業に没頭しました。



パソコン用ゲームのようなメニュー画面
ファミコンで「漢字」が多く使われているのは、珍しい事です。




監督に采配の傾向を設定できるのも画期的な仕組みであった。



日程表 シーズン日程は、30試合、60試合、130試合と3種類設定可能。
さすがに、130試合をフルで戦ってみたことはない。
60試合制なら、何度も公式戦を消化したことがあるが、Aクラスはあるも、
優勝したことは一度も無し。
1998年のデータを入力して、ベイスターズで進行した際、シーズン終盤に6ゲーム差を
ひっくり返されて、ヤクルトに優勝をさらわれたこともあり。



チームデータ 選手名や各種能力データは自由に変更できるが、今回のブログ記事では
面倒なので、デフォのままで失礼。



野手用データ
眼(選球眼)を「D」とか「E]にすると、極端に打率が低くなるのがね。
三振はやたら多いけど、打率は2割7-8分、本塁打を25-35を記録するという
池山(ヤ)広沢(ヤ)ブライアント(近)みたいな選手を作成するのが
難しかった。



投手用データ
これもタイプ「D](軟投型)で球速が130km台だと、かなり打たれてしまう
成績に終わりがち。オリックスのエース級だった、星野伸之が防御率5点6点台とか
ざらにあったような気がする。



順位表
これらの画面が、発売前のゲーム雑誌で紹介されていまして、それを
見た筆者は、どんなに素晴らしい野球ゲームになるのだろうと期待は
大きく膨らむばかり。




試合画面 投手の脇を打球が抜けていく



優勝時のエンディング画面


ということで「ベストプレープロ野球Ⅱ」。チームや選手のデータを変えられるので、
やろうと思えば、2018年版の最新データを入力して遊ぶことも可能だが、1チーム27名、
投手枠11名、先発5人は中4-5日で回る、8回から抑えの切り札投入など、システム自体が
完全に昭和や平成初期のプロ野球になっているので、近代野球にそぐわない点多数。
ちょっと無理があるかも知れない。


あと面白かったのが、シーズン最終盤、コンピュータが担当するチームが、優勝目前と
なる試合、僅差でリードしていた場合、7回からエースを投入して逃げ切りを図る点。
むかし、実際のプロ野球でもよくありましたね。88年10.19の近鉄・阿波野みたいに。
そういうのもちゃんと表現されていて、さすがだなーと思ったわけです。


他に筆者自身のエピソードとしては、1990年のセリーグデータを入力して、
横浜大洋ホエールズの監督としてゲームを進めましたが、開幕して10試合くらい経過
して迎えたホエールズがホームの(とりあえず横浜スタジアムにしておこう)阪神戦で
ウチは斉藤明夫を先発させましたが、2回表に満塁のピンチを招いて、打者は8番の
木戸克彦捕手、その木戸にまさかまさかの満塁ホームランを喫する場面に遭遇しました。
これなー、意外性過ぎたのと、木戸に打たれたショックやらで、未だに鮮明な記憶として
残っております。


それで結局、まだ中学生時分だった筆者には、このゲームの本当の楽しさが理解できて
いなかったため、公式戦の途中で飽きが来て止めてしまいました。
本格的に遊ぶようになったのは、高校3年生の頃からですね。その後、長期にわたって
使用したので、スーパーファミコンが全盛の時期でも、ベストプレープロ野球Ⅱを
起動させるために、ファミコンは現役で稼働していました。


(了)