マルハ大洋スポーツ

横浜DeNAベイスターズとレトロゲームの話題中心

                       
                       

176. 究極ハリキリスタジアムⅢ (FC)

究極ハリキリスタジアムⅢ
メーカー:タイトー
ジャンル:野球
発売日:1991年3月1日


このゲームは確か、地元の公立高校を受験した次の日に、近所のおもちゃ屋
「おもちゃショップ・ガボガボ」で買ったんですよ。
しかしまあ、野球ゲームばかり買ってますね。その傾向は、スーパーファミコンに
ハードが代替わりしても全く変わることなく。我ながら驚きあきれますが、ゲーム
全般が好きなのではなく、特定のジャンル(野球・自動車レース)にしかほとんど
興味を示さなかった点では、極めて珍しいゲームファンなのだろうと思っています。



収録されてある球場は3つ。「くわさき」(川崎球場)が入っているのは、
ナムコの「ファミスタ91」の影響だろう。
他にも当ゲームには、バッテリーバックアップ機能によって、最大6名・130試合
まで遊べるリーグ戦機能も搭載されており、その点は「ファミスタ90」の仕様を
模倣した形となっている。



さて今回は、ブログ記事用に、ロッテと横浜大洋の試合を行いますが、まずは
両軍の投手陣から。1990年度のデータになっています。
投手は10名入っており、ファミコンの野球ゲームにしては、登録選手数が多いですね。



次に野手編ですが、こちらも15名入っているので、代打・代走・守備固めとか
試合中での選手起用も楽しめるようになっています。


ロッテオリオンズの方では、控え野手の一番上に、「えんげる」(デーブ・ヘンゲル)
という外国人選手が入っています。
デーブ・ヘンゲル。この年(1991年)筆者は中学卒業後の春休みに、所沢まで西武と
ロッテのオープン戦見に行ったんだけど、チケットは子供料金(内野・¥500)で
入場しました(笑)。その試合でヘンゲルがホームラン打ったのを覚えている。
ですが、当時のオリオンズは、外国人に荘勝雄(投手)とマイク・ディアズ(内野手)
という優秀な選手がいたために、ヘンゲルが1軍で活躍する機会がほとんどなかった。
結局、1991年シーズンは、一軍では安打を3本しか打てなかったので、当年限りで
解雇。年俸も6,500万円だったから、ヒット1本あたりウン千万円の無駄だとか
スポーツ紙に叩かれていましたけども、外国人枠の都合さえ良ければ、一軍でも
それなりに打てた選手だったと思うんですけどね。







投打画面と守備画面は、オーソドックスなファミスタ型。
あとはファミコンの野球ゲームでは珍しく、先攻と後攻でユニフォームの色が
代わるようになっています。





随所でズームアップ画面に切り替わるのは、当ゲームシリーズの特徴でもあります。






ある条件を満たすと、金網に「忍者男」が登場します。
これ、1990年の6月ごろだったと思うんですけど、広島市民球場の広島対巨人戦で
試合中にバックネットによじ登って、発煙筒を投げたり、ジャイアンツを揶揄する
ような文言を記した「巻物」を開いた「忍者男」が実際に現れたことに基づくもの
です。テレビ中継でも一部始終がハッキリと写されていましたので、筆者も当時は
見ていたし、今でも強烈な記憶として残っています。


試合は負けましたがね。
若干投手が有利のゲームバランスになっていますが、COM対戦時のコンピュータが
結構強いし、守備・走塁のロジックも利口に出来ているので、なかなか面白いです。


このゲームにまつわるエピソードは、筆者が高校1年時のクラスメート、
カトキチコロッケ山田(仮名)と何度か対戦したことですね。結構ウチヘ遊びに
来てました。
カトキチコロッケ山田ってえのは、中学校も同じだったんだけど、高校も同一市内に
進んだという筆者と同じケース。
しかしカトキチは筆者と違い、高1から受験予備校「河合塾」に通っていたから、
現役でMARCHクラスの大学へ入った有能。さらに野球ゲームも筆者よりも上手かった
から、なんつーか嫌な男だ!
そして1991年(高1)の頃は、スーパーファミコンの時代に入りましたので、
スーパーファミスタの野球ゲームでも、カトキチと対戦した記憶がありますので、
その際に再びご登場頂くことにしよう。


(了)