無題(旧:マルハ大洋スポーツ)

                       
                       

大学生時代の記憶(上)4年間ヘンテコ日常編

あまり記憶にないので、箇条書き形式で記して参りますが、まあ、大学には行きたくて
行ったわけではないので、こんな画像の如く「超無気力状態」で過ごしてきた感じです。
普通の感覚なら、恥ずかしくて公に出来ない事柄ばかりですが、そんなこと知らない
筆者だから、どんどん開陳する。読んでせいぜいバカにし給へ。


・入学大学(某三流大学の阿呆学部)4年間遊び呆けたいバカ連中が集うとこ。


・4年間、腸閉塞症状に苦しむ


・自宅から大学まで、延々2時間30分くらいかけて通った。遠いのでサボること多数。
 親が筆者を「ひとり暮らし」させなかったのは、経済的事情ではなく、子供が 
 青春を謳歌するのを必死に阻止したくて仕方がなかったものと思われる。自分が
 そういうことをしてこなかったから、子供が楽しい人生送るのは、見るに堪えられな
 かったんじゃないか。
 子供の幸福なんか何一つ考えなかったクソオヤジだったからな。


・4月頃か、新入生に対するサークル等の勧誘活動が、学校の敷地内で繰り広げれるが、
 「新入生ですか?」と話しかけてきた奴がいたから、
 「8年生だ!ボケ!」
 と叫んで追っ払った。当然、サークル・部活にはノータッチである。つーか、
 オレに近づくな低能ゴミバカ野郎ども!という意識が常にあった。


・大学3年になると、選択科目で「ゼミ」を選べるようになる。必修科目でないゆえ、
 筆者は「ゼミ」には入らなかった。少人数とはいえ、つるんで何かをするとか
 大嫌いだからである。コンパや合宿旅行とか無駄な金もかかるしな。それが楽しい
 という一般ピーポーだけが参加すればいいのだ。ついでに、卒論もないバカ大学
 だったから、ただ卒業するだけならメチャクチャ楽だった。


・バイトは大学2年の時にいくつかやっただけ。大学1年の時に単位を取りまくった
 から、2年生は学業面ではかなりヒマだったため。GSで働いたこともある。  
 3年時と4年時は、体調と精神に不調があったからやらなかった。経済的に困窮した
 ことは言うまでもないが、事情が事情だから仕方がなかろう。


・靴の通販「ヒラキ」で買った590円の貧乏くさい激安スニーカーを履いていったら、
 1日で靴の側面がぶっ壊れてウケた。当然、ぶっ壊れたスニーカーをドヤ顔で
 履き続けて一日を気分よく過ごすのである。


・2か月くらい洗っていない汗臭い「リーバイスジーンズ」と、当時、出回ったばかりの
「ウニクロ」で買った、ドブねずみ色(どんな色だよ)のラガーシャツ(時価¥1,200
 相当)、渋谷のMLBショップで買った「カンサスシティ・ロイヤルズ」の青い帽子
 という妙な格好をして(我ながら恐ろしい服装のセンスだと驚愕するが)、大学最寄り 駅に隣接していた「オバキューデパート」(仮名:小田急ではない。別の電鉄会社系デパートだ)をウロウロしていたら、英語担当のヘチアイ先生に遭遇した。


 ヘチアイ先生は、筆者の身なりを見て、哀れというか、悲しみというか、そんな
 表情をするんだよ。言葉で表現すると「まあ、この子は経済的に貧乏だから、そんな
 小汚い格好をしているんだわ!かわいそうに」みたいな目線で見てきた。
 まあね、半分は当たりだが、貧乏くさい格好をして、街をウロつくのが筆者の
 ポリシーなんだから、放っといてくれよと思った。



・昼飯は、自宅から弁当持参あり、学食でメシを食う事もあり。
 学食は2フロアーで、1階が、金髪バカ野郎&バカ女のたまり場なのでスルー。
 同じ敷地内に短大があったので、金髪ガングロ系がゴロゴロいた。
 で、2階のフロアーでよく食べたのが、230円の「たぬきそば」と330円の
 「チャーシューメン」。このチャーシューメンが頗る不味くてですね。ゴムみたいな
 麺なんですよ。松本零士のアニメ「銀河鉄道999」で出てくる「合成ラーメン」
 みたいな感じかな。従って、チャーシューメンを食らいながら「銀河鉄道999」の
 エンディングソングが頭の中でリフレインするというね。映画版じゃないよ。
 テレビアニメ版の方ね。大変に暗い気分になったなー。ホント、大学はクソつまんね
 かったバカヤロ。


・希死念慮に苛まれた時期あり。大学2年の冬が顕著だったですね。今回は詳細は省き
 ます。「希死念慮」のテーマで、一つ記事を設けたほうがいいかも知れない。


・友人というか、学校に行けば話す程度の知人ができたのは5-6人くらい。
 それでもちょっと面倒だと思っていた。


・テレビゲームは結構やったけど、初代プレステやセガサターンが発売されても、
 しばらくスーパーファミコンで粘っていた。プレステを買ったのは、大学3年の
 冬ごろ。買ってから物凄いハマったのは、言うまでも無し。


・いつだったかなー、筆者の両親と、父方の親戚と一緒になって、「天狗」という名の
 居酒屋で夕食を共にしたことがある。もうね、親も親戚も嫌いだったから、全然
 気乗りしないし、当時は酒も飲まなかったから、激つまんなくってねー。
 コーラだかジンジャーエールといったソフトドリンクを飲みほしたグラスを、
 3つ横に並べて、ジーと眺めてたら(筆者は無意識だから分からなかったけど、
 第三者からはそう見えたらしい)、ウェイトレスさん(っていうのか居酒屋でも)
 がその空いたグラスを回収してよいものかどうか困っている。そして筆者を窺う目が
 なあ「このひと、頭のイカレた人かしら?」みたいな感じでしたよ。その表情だけは
 鮮明に覚えている。全く大当たりです!ですが、お客をそういう目でみたらダメ
 ですね。それ以来「天狗」は行ってねえわ。
 ちなみにこの事は、母親も鮮明に覚えてて、たまに何かの拍子にネタにするんだけど、
 あの時は本気で筆者の事を「精神異常者になってしまったのか」と心配したらしい。


・大学時代の成功事例は、1年時に「マスコミュニケーション論」の期末テスト論文を 
 担当教諭(元新聞記者)に褒められたこと。わざわざ自宅まで電話をしてくださって
 「出来のよい文章だった。もうオレは感激したよ。」と言ってくれたこと。
 これは嬉しかったな。受話器を持つ手は震え、鳥肌が立ったのを覚えている。
 後日の授業でも「新聞記者目指せるぞ!」と激励してくれたし、以降は、記者を
 第一の希望職として、夢の転換を図って頑張ったけど、夢は破れました。


こんなところですね。恥ずかしいことばかりだけど、事実だから仕方がない。
とりあえずアップします。何かあったら消去(アップから外す)。
他に思い出したことがあれば、(中)編を設けて付記しますが、とりあえず次回は
大学生時代の記憶(下)就職活動編になります。


(了)