マルハ大洋スポーツ(ストーブリーグ突入版)

                       
                       
                       

77. プロ野球 ファミリースタジアム(FC)

プロ野球 ファミリースタジアム
メーカー:ナムコ
ジャンル:野球ゲーム
発売日:1986年12月10日


このゲームにつきましては、野球ゲームという事もありまして、既に拙ブログで
2度ほど記事にあげています。




何度も同じテーマで記事を書いて申し訳ないですな。
ただし、今回は前回とは違った切り口となりますので、新しいトピックもふんだんに
取り入れてのご紹介ゆえに、過去記事をお読みになった方も、多少は興味を持って
ご覧頂けることと思う。



「ファミスタ」との遭遇は、1987年の5月頃ですね。
この年の4月に、東京の品川区から引っ越してきた、ソノー君(仮名)の自宅で。
ソフトを自分でも入手したのは、発売から大分経った後の高校生の時。
なぜか無性に初代の「ファミスタ」が遊びたくなって、近所に開店したばかりの
全国チェーン型中古ファミコンショップ「ドキドキボーケントー」で700円GET。


まー、最初に見た印象は、キャラクターはまんまるでデカいし、球団別に選手データ
も細かく設定されているし、守備時における捕球動作も自分で行わねばならないなど、
これまで、任天堂のベースボールしか知らない者としては、カルチャーショック以外の
何でもなかったわけです。それくらい、初見の衝撃度は大きかった。


ピッチャが投げる変化球も、かなりエゲツなく曲がるので(その辺は次作の87年版
から改善された)ストライク、ボールの見極めが重要。また、捕球動作を全て
自分で行わなければならない為に飛球の落下点の入り方など、慣れるまで練習を
要しました。


持主のソノー君は、ジャイアンツファンで巨人使いだったから、「えがわ」の
カーブに苦労した。
1度、クラスメートの何人かが集まって、勝ち向きトーナメント大会をやったことが
あったが、みんなが巨人使いではなく、ちゃんと各球団にばらけた。
当時の埼玉県某所のド田舎で、セントラルリーグの各球団にファンが
分散していたのは奇跡に近い状況ではないかと思う。
意味が分かり辛くて申し訳ないが、つまり、この時にあつまった級友は、みんな
それぞれ違う球団のファンだったという事です。ありがちだった、みんながみんな
巨人ファンという環境ではなかったんですね。


例えば
筆者=大洋ファン
ソノー君(仮名)=巨人ファン
8時ゲリカズ君(仮名)=巨人ファン
イワタテ君(仮名)=ヤクルトファン
真弓真弓ホームラン君(仮名)=阪神ファン
サイトーウッキー清掃興業君(仮名)=西武と広島のファン


内訳としてはこんな感じでした。



さて今回は、ヤクルトファンだったイワタテ君に敬意を表して、スワローズと
ライオンズの試合を。



スワローズには、既に引退している「やすだ」が入っている。
確かに1986年のヤクルトは、抑え不在だった記憶が。
強いて挙げるなら中本茂樹あたりだろうか。



これなー、初代ファミスタはスタンドが、各チームのメガフォンカラーに設定されて
いて面白かったんですけどね。スワローズのライトグリーンが美しいと思ったのは
筆者だけではないはず。次の87年版では廃止になったのが残念でならない。



スワローズの1番は「くりやま」でした。現ファイターズ監督の。
ヤクルトファンのイワタテ君は、当時在籍していた外国人選手、マーク・ブロハード
が収録されていないとカンカンに怒っていた。




ちなみにイワタテ君は、ヤクルトの中でも「おがわ」(小川淳司)と
「ひろさわ」(広沢克己)の熱烈なファンでした。





負けましたがね。しばらく遊んでいないうちに、打てなくなってしまった。
というよりはファミスタのコンピュータって、こんなに強かったっけ?


それはともかくとしまして、ヤクルトファンのイワタテ君とは、小学校と
中学校までが一緒、しかも、小学5、6年生時と、中学校2年時に同じクラスだった
事もあり、非常に親しかったですね。中学2年からは、卒業するまでほとんど毎日、
野球の話をしながら、登校した記憶があります。
高校は別々の学校へ進学しましたので、それ以降、イワタテ君と会う機会は
ありませんで現在に至ります。


心残りなのは、1992年のスワローズ優勝の際、イワタテ君がどんな気持ちだったのか、
物凄い歓喜したに決まっているのだが、その心境を聞くことが出来なかった事です。
顔を合わせなくなってから、2年ほど経過してましたのでね、なかなか連絡が
取りづらかったというのもありますが、まあ、高校生になった途端に、プロ野球への
関心も消え失せていた可能性もあるし、これで良かったのかな。
ただ、1992年のライオンズとスワローズの日本シリーズは、熱戦に次ぐ熱戦で、
第7戦まで非常におもしろい展開だったんですけど、緊迫した場面を迎えるにつけ、
「イワタテだったらどんな気分で見ているんだろう?」と想像しながら、シリーズの
行方を追っていたのは事実です。


(了)