マルハ大洋スポーツ

横浜DeNAベイスターズとレトロゲームの話題中心

                       
                       

144. ジッピーレース (FC)

「ジッピーレース」
メーカー:アイレム
ジャンル:レース
発売日:1985年7月18日



ここ数日来、私事で懸案事項が勃発しているが、なるべく、ここ(ブログ執筆)
の世界だけは、おもしろい空気を保ちたいと思っているんだな。さて、
当レトロゲームブログでは、発売日順に遊んだことがあるファミコンゲームを
紹介していますが、いくつか漏れがあったので遡って記事に挙げておきます。
今回は1985年7月にアイレム社から発売された「ジッピーレース」です。


アイレム社のファミコンカセットいえば

※画像はお借りしました。


カートリッジに発光ダイオードが搭載されていて、ファミコン本体に装填して
電源を入れると、赤いランプが点灯します。これ、ゲームに何の影響もなく意味なしに
見えるかもしれないが、当時小学校4年時だった筆者にとって、こういう仕様は
遊び心に溢れていて「いいなー」と思ったものである。他のメーカーも追随して
欲しかったところですね。





ゲームは「燃料」が切れないうちにゴールまで到達させるというシンプルなもの
です。敵のクルマにぶつかると「燃料」が減って行き、5回か6回ぶつかると
ゲームオーバーになりますね。その敵のクルマも、こちらのバイクの動きに合わせて
左右にしつこく動いていくので、結構ぶつかんないで通過するのは困難を伴います。
所々で自車を減速させながら、敵の動きが固まった段階ですり抜けていく感じで
攻略した記憶がありますが、スピードが出せないので爽快感は無かったですね。
ゲームとしては、当時の水準を考えれば、まあまあ面白かった印象です。


で、このゲームを遊んだのは、小学校3年と4年時のクラスメートだった、
水谷バカポン君(仮名)がソフトを持っていたからで、ミズタニは今で言うところの
軽度の発達障害か、ADHDを有していたように思う。少々国語の習得に遅れがあった
以外は特に問題はなく、少年野球チームにも入っていたくらいだから、学校に来て
級友と触れ合う点に関しては何ら支障はありませんでした。
筆者も特段仲が良かったわけではないが、普通に遊んだりしていたから意識はしなか
ったけども、学校関係者が「ミズタニはやや変わった子」というレッテルを貼って、
問題児扱いしていたことは、子供心に不愉快であったなー。これは直感というか
本能による反応だと思う。この時期から筆者は学校の教師に反感を持つようになり、
高校卒業に至るまで、みんなと同じ枠に嵌められることを拒否してきました。


ミズタニ君とのエピソードは、まあ、筆者もこんな性格なのでロクな事はありませんが、
学校給食の時間に、トレーに一通りの献立を載せてもらって自席に戻ろうと振り向いた
瞬間、ミズタニがよそ見をして走ってきたのか、いきなりぶつかってきて、筆者の
盆に載せてあった「コーンポタージュ」がぶっ飛んで、ミズタニが着ていた体操着の
背中を思いっきり黄色く染め上げた事ですね。今でもこの瞬間は鮮明に覚えていますが、
決定的に面白かった瞬間だなー。くだらないけど。
この日のミズタニは、体操着を着て登校してきたから(注:我々の小学校時代は、私服ではなく、体操着だけで1日を過ごす生徒も少なくなかった。)着替えはなし。ポタージュ
色の体操着でミズタニが午後をどうやって過ごしたのかは記憶にない。先生に怒られたり、クラス中が騒然となったかも忘れた。
まあとにかく、黄土色の絵の具をまき散らしたように染まった体操着、筆者はコーン
ポタージュが大嫌いだったから、食わずに済んでラッキーという記憶が残っています。


もう一つは、小学校4年生の時ですが、当時の担任であるベンザエース・タケダ先生
(仮名)ってのは、長崎ちゃんぽんみたいなモジャモジャパーマ(どんな頭だ?)の
先生でしたが、実年齢35くらいで50代のオバサンに見えたなーあの頃は。


そのベンザエース先生は、クラスの生徒全員に宿題を課したりしたのだが、宿題を
やってきたら「1ポイント」、宿題に加えて自主学習をしてきたら「3ポイント」と
ポイントに応じて「棒グラフ状」に、個々の名前の上へ、赤くて丸いシールを張り付け
て行くというルールを設定したんですね。要は自宅で勉強をたくさんやってきた子は、
自分の名前の部分に、多くのシールが積み重なっていくわけです。
特にクラスきってのガリ勉だった、ウロタンケ北村(仮名)とか、ポークビッツ高木
(仮名)なんてのは、シールがどんどん貼られていくのだけれど、そういうのを見ても
全く焦らないどころか「絶対に勉強なんかやってくるもんか!」とヘソを曲げていた
筆者と、同じく勉強大嫌いのミズタニだけが、いつまでたっても「0ポイント」のまま。
他の生徒は、曲がりなりにも宿題だけはやってくるので、筆者とミズタニの空欄が
余計に目立つ。


ある時、あまりにも宿題をやってこない事に業を煮やした、ベンザエース先生は、
筆者とミズタニに放課後の居残り勉強を課しました。仕方がないから残って、
勉強をしているフリをしましたがね。しばらくして先生が席を外した瞬間、
「逃げるぞ!」の掛け声とともに、ダッシュでバックレましたな。
これは今思い出しても痛快だ。しかも翌日、先生に叱られるリスクなんか考えない。
そんでもって、翌日は平然として学校へ行きました。先生に叱られたかどうかは
覚えていません。


という事で筆者の「クソガキ」時代のお話が長くなりました。まあ、宿題サボるとか
ロクなガキじゃないなーと我ながら感心しますが、おもしろい時代だったので、
それで良いのです。


(了)